2013年02月14日

エルカンターレを楽しませよう!

 今日のタイトル、「エルカンターレを楽しもう」シリーズとちょっと違うの、気が付かれましたか?「楽しませよう」でございます。今日はバレンタインデーでもありますので、私が如何にエルカンターレを大切に思っているか告白を・・
「エルカンターレってなんなん?」という疑問から始まった信仰生活でしたが、23年もつきあっていると、仰ぎ見る存在であると同時に、何だか家族のように親しく感じる部分も出てくるのか、「戦いのために莫大なエネルギーが必要な時なので、只ただお疲れが出ませんように・・」と祈る思いです。
 もちろん、私はエルカンターレを肉体に宿った部分だけと見なしていません。先日のブログ「神は巨大なインターネットかも?」で書きましたように、目には見えない超巨大コンピューターであると考えています。そして信者か否かに関わらず、相互にメール(想念)をやりとりしている間柄だと・・いえ、送受信するのみならず、人類創造よりこの方、私たちの想念は記録され続けているのだと思っております。ですから、プラスの思いを送信すればするほど、エルカンターレという大型コンピューターの中身は、光り輝く書き込みで埋められてゆくというわけ・・
 更に言うなら単に記録されているだけでなく、人類のひとつひとつの想念を喜んだり悲しんだりされているのがエルカンターレなのだと思っているのです。たとえば、強い怒りを発することは、エルカンターレの脇腹にナイフを付き立てることと同じだと考えていますから、これでも心のコントロールは頑張っているんですよ。つまり、私たちは日々、エルカンターレを更新し続けている存在でもあり、同時に、喜びや悲しみを毎瞬与えている存在でもあるのですね。
 また、神に対して感謝したり愚弄したりといった思いだけが伝わっているのではなく、他の人に対して何かを言った時、その方が感じたことは即、エルカンターレに伝わると思うのです。つまり、その方を大切にした時は、エルカンターレを大切にしたことと同じですし、ないがしろにすれば、エルカンターレをないがしろにしたことと同じになるのですね。ですから、イジメも同様です。相手の心のエネルギーを奪うからいけないだけではなく、創造主をも傷つける行為なのですね。
 ただし、余りにも自分をないがしろにする相手とは距離を取らないといけないことも・・だって、自分の悲しみも送信されてしまいますものね。
 そんな考えできましたから、家族だけでなく、友人知人も、姿を変えたエルカンターレだと思って接してきましたし、今関わっている社会福祉のお仕事でも「出来るだけ幸福な時間を・・」と念じて入居者の皆さんに接しています。認知症ホームでは2時間ごとのパッド交換もあって夜は眠れない仕事ですが、少しでもエルカンターレの喜びにつながれば・・と思い直せば、疲れも軽減します。
 美しい花々やかわいい動物、心打たれる風景を創ってくださったエルカンターレ、感謝をすればエネルギーを受け取り幸福を感じるといった有り難い心の性質を備えてくださったエルカンターレ・・そんなエルカンターレを大好きになり、心から敬い大切に思うようになると、自分から発する全ての思いはエルカンターレに直結しているのだと解ってくるのですね。
 だから出来るだけ朗らかに毎日を過ごす・・私が落語など人に楽しんでいただく活動に関わっているのは、そんな思いからでもあるのです。

<追伸>
万事機嫌よく・は落語家の亡き桂枝雀さんがよく色紙に書かれていた言葉。マクラでは「笑顔でこうしてお客様の前に出てますでしょ。この笑顔の仮面がね、三十年、五十年とこの仕事続けていくうちに、もう仮面やのうて ほんまもんの笑顔になってしもうたらええかなぁと思うてる次第ですと話されていたとか。天国の高座で今もご活躍されていると私は信じているのですよ。
posted by サンサンてるよ at 12:58| エルカンターレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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