2018年06月27日

大阪北部に地震が起きたのは・・

 私が小学生の頃は、梅雨は肌寒かったものですが、ここ数日は梅雨が明けたのかと思ったほどの暑さでした。あまり汗をかかないワタクシですが、背中にツーッと汗がつたう感覚・・今年初めてのこと。
 さて、今日スマホでニュースを見ておりましたら、
つるの剛士さんが、「バカだけど日本のことを考えてみました」という本を出版されたという記事が・・歌の上手なタレントさんというイメージでしたが、政治にも関心あられるのですね。最近では、「虎ノ門ニュース」というネット番組にも出演され、高槻方式という受験指導について話されたとか。

・つるの剛士さんは、高槻の出身で、高槻では以前、小学校から中学校に上がる時に、私立希望の生徒の家に担任がやって来て『そんなんアカン!受験するなら友達の前で友達捨てるって言いなさい!!』と責め、地元の中学校への進学を勧める。中学から高校へも同様。
・つまり「同じ中学の生徒はみんな同じ地元の公立高校へ」という理念で進路指導がされる。これを地元集中受験運動(高槻方式とか高槻・枚方方式とも呼ばれる)
・私学受験用の調査書の発行拒否もあった
・地元集中は、大阪府の高槻市、枚方市、守口市、門真市、寝屋川市、交野市、茨木市、松原市、大阪狭山市のほか、和歌山県などの一部の地域で、1970年代前半から1990年代中頃にかけて実施されていた。日本教職員組合のみならず教育委員会も推進していた。(Wikiより)

親や塾の抵抗があって、地元集中は下火になったものの、これらの地域の公立の学校では、
・君が代を教えない
・日の丸を掲げない

方針が長く続いたようですね。

https://togetter.com/li/1239423

 2009年11月には、テレビ番組の中で、枚方市出身のハイヒールリンゴさんと、ロザンの宇治原史規さんが、同様の体験を語っておられたとか。

リンゴ
「はっきり言いますけど、枚方出身ですけど、枚方、日教組めちゃくちゃきつかったんですよ。ほんだらもうあれですよ、かけっこでも、徒競走、勉強でけへん子が体育できる時もありますやんか。そやけど、その体育できる子も、もう5人手つないで走らなあかん、5レーン」
リンゴ
「(先生から)内申書書かへん言われたもん、私」
リンゴ
「勉強(の評価)は2段階なんですよ。だから、『達成してる』か『頑張る』か」

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid749.html

 リンゴさんと同年代のワタクシ、当時は豊中の小学校に通っておりましたが、沖縄返還反対のために、先生方は子どもたちに自習をさせて、沖縄までデモに出かけてましたねぇ。道徳の授業は無く、「にんげん」という差別を無くそうをテーマにした本が配られてました。確かに大阪北部には、共産主義・社会主義の考えの先生が多かったのかも知れません。

 実は、あの辻元清美さんの選挙区は高槻(大阪10区)で、しかも高槻での死者はコンクリートブロックの倒壊が原因。東淀川区の死者もコンクリートブロックの倒壊。学校と言う教育現場で起きた事故・・コンクリートが凶器となったこと・・潜んでいた闇を浮かび上がらせるかのような悲劇でした。亡くなられた方々やご家族が本当にお気の毒です。日本がお嫌いな方々が、日本の税金をもらって議員をすること・・こんな国でいいんでしょうかねぇ?
https://matome.naver.jp/odai/2149083185717794701
 更には、日本赤軍最高幹部の重信房子さんが、潜伏していたのも高槻・・日本赤軍の支援者が多い土地だとか。何だか、村山富市首相の時の阪神淡路大震災、菅直人首相の時の東日本大震災を思い出してしまいました。
 自然災害であれ、人工地震であれ、縁起の理法がハッキリと判る時代になったということでしょうか。
posted by サンサンてるよ at 14:32| 大阪 ☁| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月22日

やっぱり他でも不思議なことがA

 今回の映画のお誘いの中で、きっと一生忘れられないだろうなと思った出来事があります。それは、6月18日にその意味が判ったのですが・・
 2013年は茨木の認知症グループホームで週1回の徹夜勤務をし、残りの日は別の社会福祉法人のグループホームで夕方から翌朝までの支援に入るという、生涯で一番過酷な勤務をしていた年でした。
 その茨木のGHで何度か顔を合わせただけの方なのですが、私が辞めてからも電話をしてくる年下の男性がおりました。余りにしょっちゅうなので、今後は関わりたくないわと思って、しばらく放っておりました。どちらかと言うとストーカー的というよりは、天真爛漫すぎて、話をしてくれそうな人には、気持ちのままに電話をしてしまうタイプだと思います。
 それが6月になって、久しぶりにまた何度も着信が入っていたのです。初めは無視しようと思っていたのですが、ふと
「これも何かのご縁。さらば青春されど青春のことをお伝えしてみよう。」
と思い
「私が最近、メッチャ感動した映画があるんだけど、興味ある?私はヘルパーさんと時間が合わないから、一緒には行けないけど・・」
と聞いてみました。
「うん、行ってみる。」
「どこに住んでるの?」
「高槻。」
「じゃぁ、枚方の映画館が近いかな。」
と最初、枚方のスケジュールを確認したのですが、駅からかなり遠いと判明。
「ごめんごめん。梅田に出るしかないわ。大丈夫?」
「うん、梅田スカイビルなら行ったことあるから・・」
とのことで安心しておりましたら、当日朝、また何度も着信が・・
「またぁ?あっ、もしかして行き方が判らないのかな?」
と取りましたら、案の定梅田で迷っておられるご様子。それで電話で道案内を・・
 さて終了後、またお電話が。
「メッチャ感動した。最後はまた結ばれるねんな。」
「いや、それは違うと思うけど、感動してくれて嬉しいわ。」
「大川の息子、うまいな。」
<あのねぇ、呼び捨てはないでしょ?>
心の中で突っ込みながらも、嬉しい報告でした。翌日は、
<もうこれで義務は果たしましたから、お役御免を・・>
主にお許しを願っていたのですが、また、しょっちゅう着信が・・
「前も言ったけど、サンサンさんは看護と資格試験の勉強で、今時間がないから、親しい友人にも電話断っているのよ。」
メールすると、
「わかりました。」
と一旦納得くださるのですが、又毎日メールをくださいます。
「介護や勉強がんばってくださいね。」
「体を大事にしてくださいね。」
「台風が来るから気をつけてくださいね。」
「また映画教えてくださいね。」
天真爛漫な内容は良いのですが、他の方ともそんなしょっちゅうメールをしない私はちょっと困っていたのです┐(´д`)┌
 これは大変!という事態が起きた時は
<やはりアドバイスしてあげなくちゃ・・>
と返信しましたが、それ以外は申し訳ありませんが無視。
 そんな折り、大阪北部地震が・・彼は高槻なので、自分が震源地近くなのに、早速
「地震は大丈夫でしたか?」
メールをくださり、その後も毎日のように、
「仕事先から3時間かけて、歩いて帰りました。」
「地震の後は、ゴミの片づけが多くて大変です。」
いろいろご報告が・・よほど大変な状況かと推察しましたので、さすがに
「高槻はひどい揺れだったのですね。お疲れ様です。」
お見舞いメールを・・ふと
「部屋の中とか、いろいろ落ちましたか?」
と聞いてみましたら、
「洗濯物を干すやつが倒れたくらいで、後は少ししか落ちませんでした。」
とのこと。水も電気もガスも大丈夫だったようで、
「えっ、本当に?良かったですね。」
しばらくは返信しないと思っていましたのに、地震を契機に数日やりとりをした次第。
 今、振り返りますに、6月になってまた数年ぶりに連絡が来たこと・・守護霊様の必死の御働きだったのかも知れませんね。最初は、
「これで電話を取ったら、また以前のように毎日電話あるかも?」
という恐れがありました。でも、
「よし、それなら映画のお誘いをしてみよう。」
と思えたこと。これも又、私の守護霊様の働きだったのかも?地震の前に主とのご縁をつなげてヨカッタ。もしあの時、私が電話を無視し続けていたら、あの世に帰ってから後悔しただろうなぁ。しみじみお導きに手を合わせています。今朝も又、
「サンサンさん、おはようございます。今日も天気がいですね。受験勉強をがんばってくださいね。」
と無邪気にメールをくれた○○さん。地震で生じた瓦礫を片付けるお仕事をされているとか。
<は〜〜い行ってらっしゃい。お仕事がんばってね>
心の中でエールを送ったのでした。
posted by サンサンてるよ at 07:51| 大阪 ☁| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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