2017年06月03日

君のまなざし〜心理学的考察

 3月4月と体調不良で動けなかったのがウソのように、最近毎日、看護と家事の合間には、恩人や友人知人への映画お誘いの手紙、そして地域の方々への告知(一日約100軒)をしています。なぜか終日動いても疲れません。今、人生で一番体力気力が充実しているのでは?と驚くほど。おそらく5月初旬に思い余って病気平癒祈願をさせていただいたお陰だと思うのです。それに映画を観るたびに頂くあり得ないほどのパワー・・私に起きた奇跡のひとつです。
 昨日は「主人公の健太には、救世主のイメージが重ねられている」と綴りました。そのように書いた直後に大変申し上げにくいことなのですが、今日は心理学観点から気づいた事を述べることにします。

その1:道円(朝飛)は光健(健太)のシャドウである
 平安時代の健太は、あらゆる人の仏性を信じて容易に人を裁かないことをモットーとしていた。多少の差はあれ、全ての人は全ての要素を持っているものだから、道円的な発想や行動も内部に持っているはず。
 けれども、理性的態度のみを主張し「自分のシャドウとも言える道円を封印する」という手段しか取れなかった。天宮の巫女の発想も同様。だから二人はずっと苦しんできた・・他に方法は無かったのか?どうして道円を救えなかったのか・・と。
 それは観方によれば、自分の認めたくない自分の要素を、無意識下に押し込める行為とも解釈できます。理想を知った信仰者も、注意しないと同じ精神態度に陥ってしまいます。自分は善のみで相手が悪なのだと・・
 あれから千年・・健太は過酷な人生修行の中から、「父母を殺した相手を憎む気持ち」「姉を救ってくれなかった医師や看護師を恨む気持ち」(※看護師に八つ当たりしていた姿から想像)「理不尽な言動への怒り」などをこれでもかと経験。道円の誘導で白目をむきながら恨みを増幅していたが、それらは道円の気持ちに寄り添うために必要な経験だった。
 千年前の健太は、自分のシャドウを認めようとしなかったが、今回の人生では「闇に堕ちる気持ちも理解でき」、「悪を抱き参らせる人間へと成長した」ために、朝飛を救うことが出来たのではないか?

その2:光健は父性を、道円は母性を表している
 私は、どちらが善でどちらが悪とは単純に区別しません。昔、何かのドラマかニュースを観てだったかと思いますが、「自分の子どもがもし殺されたら?」と想像した時、私の感情は犯人を殺していました。思考実験でもそうなのですから、実際に起きたら気が狂っていたことでしょう。母親・・というか母性とはそういうものです。
 最近の男性は母性の強い方も多いので、一概に男性・女性、父親・母親・・いう区別ではなく、一人の人間の中にある男性性と女性性、父性と母性というカテゴリーで述べているとお考えください。
 私自身、子を持って初めて判ったのだと思いますが、孤児たちを心から慈しみ、その死を鬼になるほどに嘆き悲しむ道円の姿は、正に「母性」の表現です。子を無くした母の慟哭・・私が犯人を殺したいほど怒ったように、深すぎる愛は、時に闇へと導かれます。(※正確には、横にいる刑事さんに『殴っていいですか?』と言いながら、強力顔面パンチを食らわしました。)
 対して光健は、理性を重視する傾向があるので、男性性や父性の象徴でしょうか。だから、仲の良い友人でありながら、男女が理解しあえないのと同じメカニズムが彼らを引き裂きます。

その3:最後の抱擁は陰陽統合を表している。
 あのシーンが表しているのは、単なる再会の喜びではなく、二人が真に解り合えた事。過去の映画評でも「陰陽統合」という表現を使ってきました。一旦別れたものが再び会いまみえ、今度は互いの良さを認め合いながら新たな世界を構築していく・・そんなテーマが「神秘の法」や「UFO学園の秘密」に隠れていました。
<過去記事>
エルカンターレの中での陰陽統合
http://sansanteruyo.seesaa.net/article/431105694.html
大阪弁で言うなら
「ほんまにお前は感情と本能で生きとるなぁ」
というお父ちゃんの嘆きが、
「お前の気持ちもよう判ったわ。ワシに無いええもんを持ってるやないか。」
という理解に変わった瞬間とでも言えるでしょうか。
 健太の今世の人生(道円封印後の幾多の過去世も含めて)の苦難は、道円のみならず、救世主として人々の心を理解し、寄り添えるために必須のものであったのでしょう。苦難に意味があるとしたら、
それを通して、まだ開花していなかった側面や視点(世界を観る物差し)を得ること
父性と母性がバランスよく内在する主エルカンターレに近づくために、人は永遠の修行をしているのかも知れません。

 ということで、今回の映画にも、男性同士ではありますが「陰陽統合」というテーマがしっかりと潜んでおりました。私は心理学の専門家ではありませんので、何かそんな風に思っただけ・・いい加減な分析であることをお許しくださいませ。どなたか心理学の専門家の深いい解説を求む〜〜
posted by サンサンてるよ at 00:53| 大阪 ☀| 心の法則 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

君のまなざし〜あの星の意味は?

 昨日はヘルパーさんが来てくださったので、末っ子を留守番に、でも大切な方々の写真や年賀状を携えて、4回目の「君のまなざし」に行ってきました。「今回のストーリー、ウチの坊主に判るかな?」「外は暑くて、耐えられないかも?」という不安があって、まだ連れてゆく決心が付いていないのです。それで、大事な台詞は、遠隔モニター越しに聞かせてあげて、せめてもの親心を・・(末っ子の様子を別の部屋から見るために買ったモニター、こんな時に役に立つとは思ってもみなかったわ!Wifi使えるところでは、かなりの遠隔でも見えるのです。)
 写真や年賀状をいつも持参するのは、「縁ある方々に光が届きますよう・・」という思いから・・今回の映画はこれまでご恩を受けた方々には、チケット送らせていただこうと思っているのですが、それに同封する映画パンフレットが足りなくなったのも理由。これが一番判りやすいかも?と気に入っているのです。
 さて、3回目4回目ともなれば、
・門が開きかけているから・・と言われたくらいで、コップ落とすなっちゅうの。しかも、血が点々を落ちていたのに、次の日に包帯してへんやん。
・・とか心の中のツッコミがいろいろありますが、今回は最後に出てきた「星☆」のお話を・・先日来、
「この映画は、正史では悪者扱いされている建国の功労者に光を当てている」
と書いてきました。出雲族、蝦夷、物部、橘氏、かぐや姫の丹後王朝・・今回は、最後のシーンに出てくる星について、
「そうそう、太陽信仰の部族の台頭で、月信仰や星信仰の部族は迫害されてきた。最後の星は、そういう星信仰の部族へ目を向けるためかな?」
と最初は思ったのです。日本書紀では、星信仰の部族のリーダーとして、天津甕星(あまつみかぼし)という武将がおり、
不順(まつろ)わぬ鬼神等をことごとく平定し、草木や石までも平らげたが、星の神の香香背男だけは服従しなかった
と記述されています。
「カガ(香々)」は「輝く」の意で、星が輝く様子を表したものであると考えられる[18]。神威の大きな星を示すという[19]。平田篤胤は、神名の「ミカ」を「厳(いか)」の意であるとし、天津甕星は金星のことであるとしている。
 星や月を神格化した神は世界各地に見られ、特に星神は主祭神とされていることもある。 しかし、日本神話においては星神は服従させるべき神、すなわち「まつろわぬ神」として描かれている。これについては、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを表しているとする説がある。
Wikipediaより)
 星信仰で日本人に馴染みのあるのが「妙見信仰」北極星や北斗七星を仰ぎ見る信仰です。日本は「大和」というくらいですから、平和なイメージがありますが、「太陽信仰の大和朝廷」とそれ以外の信仰を持つ他氏族との戦いは確かにあったのですね。北極星は、妙見菩薩であり、神道的には天御中主神と解釈されています。
 大和朝廷に追われたグループが信仰していた北極星か?と最初は思ったのですが、
「それもあるかも知れないけれど、これは金星では?」
と感じたのです。というのは・・
・釈迦は瞑想を深め、夜明けの金星の光が輝くと共に、「悟り」を開いた。
・イエスも自分のことを「明けの明星」になぞらえている(「ヨハネの黙示録」第22章16節)
・空海は高知県の御蔵洞(御厨人窟)で瞑想を深め、口の中に金星が飛び込んで悟りを開いた。
というように、金星と救世主や覚者には深いつながりがあります
<金星に関する言い伝え>
http://www.oukado.org/iitsutae/008.html
 健人が最後死んだのか?それとも生き返ったのか、議論を呼んでいます。私も最初は、怪我してるのに、すぐにあれだけ走れないし、朝飛とガッツリハグしても痛くないのは、肉体は無くなったからだと考えていました。(その前は友人に触られて痛いと言ってましたが・・※事故などで無くなった方は、死後も痛い痛いと言うケースがあるようです。)
 けれども霊界には夜は無いと聞いていますので、星は出ないはず。ならば、あかりは
「予定より早く天上界に帰ることになりそうだから・・」
と言いましたが、それを覆して復活し、あの丘で瞑想思索を続け、金星を観て、ついに自分の使命(救世主の自覚)を悟った・・と解釈できるのでは?
 つまり救世主の特徴である、一旦死んで生き返るという条件にも当てはまるのです。日本人の私は4回目でようやく「あっ」と気づきますが、聖書圏ではすぐにそうだと理解されるでしょうね。様々な映画のモチーフにもなっているようですから・・やっぱり奥が深いわ。
 ということで、「健太には救世主のイメージが重ねられている」という「君のまなざし」4回目の感想でした。
posted by サンサンてるよ at 09:45| 大阪 ☔| 古代信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

使いたい物差しがその人を表す

 仏教には「唯識」や「一水四見」という考え方があって、それは
「あなたが見ているものは客観的な真実か?」
という命題を突き付けてくるものです。ネットに書き込まれた映画の感想などを見ましても、
「自分の使いたい物差し、持ってる物差しが如実に表れているなぁ」
と、つくづく思うのです。それは、その方を表現しているだけで、映画そのものを語り尽くしたとは、到底言えないもの。
 私などはこの5年ほど「正式な歴史には現れない裏の歴史」に触れてきたので、ついつい「君のまなざし〜歴史的考察」なんかをしてしまう・・それが私という人間を表しています。仕方ありません。
http://sansanteruyo.seesaa.net/article/450244285.html?seesaa_related=category
http://sansanteruyo.seesaa.net/article/450336852.html
 他にも、朝飛と健太は肉体的には2人の人間に分かれているけれども
・不浄な世界を、一旦更地にして一から始めようか?
・いや、人々の仏性・可能性を信じて時間を耐えよう
とする「神の心の葛藤」を表した存在に見えるのです。神(女神)には「創造・維持(育成)・破壊」の三相があって、古代インドでは、創造神ブラフマー、維持神ヴィシュヌ、破壊神シヴァとして登場します。朝飛が単なる「憎しみに囚われた悪霊」ではなく、シヴァ神を背後に隠しているのでは?と思ったのは、
・「この不浄なる世界を変えたい」という善なる動機が語られているから・・
・その前は光健と一緒に「育む働き」をしていたから・・
神の3つの状態を学ぶと、このような見方をしてしまうのです。
 地球の歴史でも、大陸が沈んだり、大洪水が起きたりしました。何も好き好んで「破壊」をした訳ではなく、人間というパソコン端末から送られてくる悪想念が限度を超えた結果、中央の大型コンピューター(神)がプログラム通りに発動した・・とも解釈できます。そのメカニズムは「君のまなざし」でも語られていました。

 先日、ある法友とお話ししていたら
「子どもたちが殺されたシーンで、何か十字架に立ってるように見えなかった?」
と聞かれたのでビックリ。私も「あれっ?」と感じていたシーンだったのです。テーブルの上の棒と、バックに映った戸板の隙間の光が交差して、ちょうど十字架に見えたのです。
「あれは海外で上映された時の効果を狙っているのかしら?」
なんて法談しておりました。仏陀やヘルメス像、キリスト様が登場されるシーンにも、他宗や海外の方々への配慮を感じます。私などはそういう解釈をしますが、批判の目で観る人にとっては
「なんだよ、宗教臭えよ。」
となる訳です。日本では、神やあの世と言うと抵抗する人がいますが、海外の方々には、
「日本人も神様を信じてるんだ。私たちの仲間なんだ。」
とご理解いただけるので、大きな外交の力を秘めた映画なのですね。だから、宗教色は必須。決して、日本人の標準的な感性に合わせる必要はない・・そういう意味では、政治外交的な配慮・・探せばもっとあるのでは?
 また、パラレルワールドなど時間空間論などが好きな方は、そう言った観点からの発見をされていることでしょう。理系人間にも文系人間にも、アッと驚く仕掛けが随所に為されている「君のまなざし」。この映画に限らず、誰かや何かを
「どう見たか?」
は即ち
「自分とはどういう人間なのか?」
の発見でもあるのです。ということで、今日も私見のオンパレードでしたが、
国家の危機にいつまでそんなこと言ってるんだ〜〜
と叫びたくて・・でも冷静につづらせていただきました。

<過去記事>
若かりし頃は・・
http://sansanteruyo.seesaa.net/article/388730839.html
正しく物事を観るとは?
http://sansanteruyo.seesaa.net/article/388730943.html
大阪のおばちゃん、リケジョからレキジョへ
http://sansanteruyo.seesaa.net/archives/20140203-1.html
正見とは何か?使いたい物差しがその人を表す
http://sansanteruyo.seesaa.net/archives/20140217-1.html
posted by サンサンてるよ at 12:17| 大阪 🌁| 古代信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
体験談〜幸福の科学に出会ったきっかけ
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